中村琢二《女と犬》

 中村琢二、そして兄の中村研一の父・中村啓二郎は、現在の住友金属鉱山に勤め、住友本社技師長、さらに四阪島製錬所の初代所長を務めた人物でした。研一は、父の猛反対にあうも東京美術学校への入学を果たし、戦前期の洋画にあって力強い筆力で、わが国洋画界に貴重な足跡を残しました。しかし弟の琢二は、父と同じく東京大学に学んだものの病弱であり、定職にもつかずにいましたが、兄のすすめで絵の道に進むという異色の経歴をもっています。そして琢二は、安井曽太郎に師事して一水会に所属し、その作風は兄の研一とはまったく異なる、安井譲りの爽やかな色彩と簡潔な対象把握によって独自の作風を築きました。この《女と犬》は、琢二の個性が如何なく発揮された秀作といって過言ではありません。